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2016年08月03日

刹那,一瞬便是永恆

待我長髮及腰,君歸來娶我可好。

林花謝了春紅,太匆匆,無奈朝來寒雨夜來風。胭脂淚,留人醉,幾時重,自是人生長恨水長東。

雲說讓我在這裏等他,他說10年後,待天下安定便讓我在這裏等他。我滿懷欣喜地期待著,期待了10年。人群中,我一眼便找到了他,還是一身的白衣,還是那麼溫柔地笑著,他站在人群中凝視著我,一如初見時,唯一不同的是這次他手中拿著一大束依米花,四色的花瓣上Amway傳銷還帶著露珠,似剛採摘一般,在陽光下折射出絕世的美與溫柔。這是他對我的承諾:“稀稀喜歡依米花嗎?”“待到我娶你的時候,便用依米花向稀稀求婚,可好?”

雲向我走來,他的每一步都踏在我心上,短短幾十米的距離仿佛過了幾個日月。“雲”伴著我的尖叫聲,劃過一絲光亮,雲倒在了血泊之中,手中的依米花在空中劃過蒼白的弧度,他說,“稀稀,其實我早就料到了結局,我不負天下人,只是負了你,稀稀,我失信你了,要是一切可以重來,我寧願和你攜手與山水之間,我寧願你從沒有遇到過我。”

幸福毫無預兆地凋謝,淚水措手不及地底下,遠方,是誰在彈著箜篌,夜夜流珠。

20年前:

林城的燈會節到處都是一對對的才子佳人,歡聲笑語,一個小女孩蹲在花燈下哭泣,顯得格格不入。在這喧囂的環境下,沒有人察覺,也沒有人去理會她,唯獨一個小男孩默默地,看著她。

“你迷路了嗎?”“我陪你去找你的家人,好不好?”

這一年,八歲的他拉著五歲的她穿過層層人群,女孩的臉上沒有了恐懼和無助。

女孩找到了家人,臨走前,女孩告訴男孩她叫稀稀,讓男孩不要忘記,殊不知,這兩個字在男孩的心裏刻了一輩子。

“那你叫什麼?”

可是男孩並沒有告訴女孩,“下次見面我再告訴你,所以我們下次一定要見面。”男孩是為了可以再次見到女孩。可是之後的幾年他們都沒見過面了,男孩也漸漸淡出了女孩的記憶,可是女孩不知道有一個男孩一直在想著她,一直期望他們可以見面,直到五年後。

15年前:

“師傅,你又要收徒了嗎?師傅,他長什麼樣啊,比稀稀好看嗎?”語音未落,稀稀Neo skin lab 傳銷便看到了桌前坐著的人,“好像在哪里見過。”

“你好,我叫雲。說好了再見面就告訴你我的名字,怎麼可以忘了呢?”男子微笑地看著女子,還是那麼溫柔,一如初見時,只是現在帶著不可名狀的思念。

稀稀愣愣地看著他,這才想起來,原來這就是她記憶深處埋藏了五年的人。微笑,刹那,永恆。

五年的時光又匆匆而過,男子對女子的縱容卻從未減少。

“雲,我聽說前面雪山上有雪狐,很可愛,我想看看它。”於是,男子瞞著師父獨自上山為女子抓雪狐,然後帶著滿身的傷回來卻依然溫柔地笑著。

“雲,師傅說雲家裏很厲害,我可以去看看嗎?”於是,男子帶著女子回到家,即使有家訓不得帶外人進家門,為了女子,他還是做了,受了刑罰。

“雲,我把師傅的丹藥給小狐狸吃了,怎麼辦?”女子諾諾地看著男子。於是,男子為女子承擔,被師傅責罰。

“雲”。

“雲”這五年是女子最幸福的日子。

只是分別總是把幸福打亂。

10年前:

“雲,你真的要走嗎?”女子一身藍衣,目光幽幽地望著男子。

這一年,女子15歲,男子剛滿18。

“對不起,稀稀,天下未定,我有我的責任。稀稀,等我,待天下安定,我便回來娶你。”男子歉意地撫過女子的臉頰,傾城的臉上冰冰的,滿是淚水。

“雲,天下與我,孰輕孰重?”

“稀稀,你之與我若天下。”

“是嗎?”稀稀蒼然一笑。

“稀稀,我要天下安穩,我更要安穩天下之中有一個安穩如玉的你。”

男子害怕自己捨不得,轉身消失在無際的大雪中,一身白袍與天地融為一體。

女子知道他有他的大義,她無法阻攔,要是她不能助他,她便努力讓自己不成為他的負擔,只能默默reenex 價錢地望著他離去的方向,在有他餘溫的屋子裏,一日日等男子回來,等他回來娶她。

5年前:

時光如白駒過隙帶走女子的淚水,這五年來,女子每天澆灌著這些依米花,這是當年他們一起種下的。依米花本就嬌弱,沒有細細的呵護永遠都不會開出美麗的花朵。女子一直記得他走時的諾言,每天做的事情就是望著花瓣發呆,就是等他,等他,等他。

每隔七日都有他的信從不同的遠方傳來,他在守護天下的同時,也在守護著自己。

直到有一天,他的消息斷了,女子只是默默地看著他寄給她的信,一封又一封。

“稀稀,我一切安好,照顧自己,勿念!”

“稀稀,我今天看到了你最愛的依米花,這裏遍地都是。稀稀,以後我帶你來看,好不好?”

“稀稀,你還好嗎,守護這天下,太累了,我好想和你一起,就像以前一樣。”

“我現在最想的就是稀稀可以幸福,等我回來”。

淚水不停地流下,她不相信雲會負了她,她只怕他不能好好地回來找她,怕她再也見不到他了。

五年時光又過去了。女子苦苦守候,還是沒有等到男子回來,自從五年前的那一天,女子就失去了男子的消息。

“雲,我再等你三天,好不好?三天後,你還是沒回來的話,稀稀就再也不要見到你了”。

當十年的等待變成了鏡花水月,當曾經的誓言變成了虛無縹緲,女子真的已經撐不下去了。

她緩緩的從靜湖中走去。

空中白色的鴿子扔下一個信封。

“稀稀,對不起,五年了,我都沒有給你消息,讓你傷心了吧。五年前,我雖然打敗了那些邪惡勢力,但是自己也身受重傷。等我醒過來的時候已經是過去了那麼久。其實,是師傅救了我,我怕你擔心,就一直瞞著你。對不起,稀稀,其實我一直就在你身邊。”

“現在,我在我們曾經相遇的地方等你,不要怨我,稀稀,我想給你幸福。”

女子又哭又笑地向他們相遇的地方跑去,她從來沒有怨過他,她要是可以和他在一起。

“稀稀,我回來了。”他捧著依米花,還是一身白衣溫柔地笑著。

剛剛重拾回的美好的願景,此刻變得支離破碎。看到他白色的衣服沾滿了紅色的血,依米花一片片墜落,了無生氣。

女子的心就像被切成一片一片的,再切成一絲一絲的,然後切成丁,碾碎成沫放進油鍋裏炸。

“稀稀,不要哭,我還能看你一眼,已經很滿足了。只是好遺憾不能帶你去看那片依米花田,對不起讓你空守了那麼多年。我好想下輩子和普通人一樣,和你看日出,看落日,每天清晨為你畫眉,夜間與你一起賞月看花。稀稀,你一定要好好的,為了我”,男子的眼角一滴淚滑下。

女子種的依米花已經開滿這片他們曾經歡笑的土地了,女子把她的愛人葬在這裏。深深地看著那一行字“夫冥雲之墓”,纖細的手扶著墓碑,用手指一遍遍刻著他的名字,心上的弦硬生生地被扯斷,這是心痛的感覺。

“雲,我聽說一個人一輩子守著另一個人,下輩子上天還是會讓他們一起的。雲,這輩子,我守著你,下輩子你一定要找到我,好不好?”

天下萬物都有定期,凡事都有定時,生有時,死有時;哭有時,笑有時;哀慟有時,跳舞有時;尋找有時,失落有時;動情有時。  


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2016年07月13日

銀河中最亮的星

我沒有見過銀河,不知道銀河的璀璨,所以我愛上了一顆星星。

等我看到了銀河的星光燦爛,我依然銅鑼灣 髮型屋最愛這顆星。我愛的是這顆星獨有的光芒,它不及銀河璀璨,不及銀河廣闊。但在我眼裏,這顆星是銀河中最亮的星,明亮到讓我的眼裏只能看到它。

我和它始終隔著遙遠的距離,但我對它並不陌生。我知道它離我有多遠,知道它的名字,知道它存在的歲月,知道它並不屬於我。

你是我見過的第一顆星,讓我再也移不開眼睛。即使後來我見到了眾多加起來可以媲美銀河的明星,我也只想看著你。

我不敢奢望你會成為只屬於我的一顆星。你註定要在萬眾矚目中大放異彩,而我只能在黑暗中注視著你。你註定是生活在眾人的焦點之中,而我只能在人群裏默默無聞。


銀河中最亮的星

在別人的眼裏,或許你只是銀河裏一顆普通的星星,但我相信Veda Salon你就是銀河中最亮的星,比整個銀河都要璀璨,就算是日月會照,也掩蓋不了你的光芒。而我不過是仰望你的普通人,沒有接近你的機會,更沒有靠近你的資格,只能遠遠地望著你綻放光芒。

當你的光芒漸漸黯淡,幾乎消失在銀河中,人們都已忘記你的存在時,我還是能夠找到你的位置,為你加油,為你祈禱。當別人都在追逐另一顆明星時,我依然注視著你,等待你再次光芒萬丈。

終於,你成功了,戰勝了命運重拾輝煌。你依然是銀河中最亮的星,一顆遙不可及銅鑼灣 Hair salon的星星,照亮了我的世界,卻從不曾發現我的目光。  


Posted by ダム話します at 17:30Comments(0)

2016年04月26日

等待的感覺,真好



時光荏苒,眼看一年又要過去了,在對於我們2014級的新生來說有頗多感慨,我們在這一年中經歷了許多,也成長了許多;由一月份的模擬,二月份的盼望,三月份的百天倒計時,四月份的黑白顛倒,五月份的煎熬,六月份的高考,七月份的狂歡,八月份的不舍離別,九月份的期待與忙碌,十月份的思念,十一月份的習慣,到現在熱切期盼回家的渴望。這似乎成了定律,無可更改的定律,每年都會有這樣的事發生在不同人的身上,又有誰能夠逃離呢?除非放棄上學,放棄理想,沒有目標的生活下去。

十二月份的天氣不再是那麼炎熱,寒風凜冽,楓樹葉子颯颯作響,落得滿地金黃;看著街道上過往行人那匆忙的腳步,不免有想起了在高考前的那段時間…

在離高考還有33天時的那個晚自習,在別人都在埋頭苦幹時,我和同桌卻翻著中國地圖討論著去哪里,我看著曾經夢想去的那個被譽為東方明珠的地方,幻想著千萬種與它初次見面的情景;也曾多次搜集資料查找關於它的一切。這一想就是十一年,還記得八歲那年父親問我最想去哪里時,我不假思索的脫口而出上海二字時,是那樣的灑脫;那時的我只是一時衝動說了出來,而在之後的不斷瞭解卻在不知不覺中喜歡上了它。是它的魅力吸引了的我,所以一直在堅持,現在面對一次去接觸它的機會我當然不會錯過。

  


Posted by ダム話します at 11:39Comments(0)

2016年03月30日

忐忑而興奮的心

眼見約會的日子MathConcept好唔好越來越近,心臟中似乎又流動的那年的熱血澎湃而洶湧,在心湖中點起一片片的漣漪,十一年中我們錯過了人生最美的歲月,沒有分享到最美的故事,沒有相互傾訴最痛的經歷,那是人生中最大的遺憾之一。值得慶倖的是還依然記得對方,沒有陌生人的隔閡,言語中依然親切而自然,依然願意相信、認為對方還是那年那個上學時候的你。

見面的話題總離不開十一年後的改變,每個人都有不同的改變,唯一相同之處在於我們都成長了,已經不再是當年那個青澀的少年,多了一份成熟、穩重、滄桑。每個人都謙虛而禮貌,少了年少的浮躁與驕傲,相互之間親切互敬,淡淡

的輕提現在的生活。當酒香彌漫的時刻MathConcept好唔好我們忘記了我們的年紀、經歷、生活和痛苦,仿佛穿越了時間、空間,再次回到那些年,瘋狂的時光,放開了所有的戒備與矜持努力的享受著這個逝去的時刻,感謝範的細心,帶來了我們那些年的

記憶,那些快遺失在記憶長河的物品,讓蘭蘭和燕子再次回味到青春的味道,淚水見證的是那年最真的感情,也是我們在這個凡塵所失去的最重要的東西。告別經年的醉酒感覺,再次湧進心靈,因為真誠、信任、不怕被見到最脆弱的一

面,沒有掩飾也沒有修飾那就是最真實的我們。當酒精混進血液湧入心臟,我徹底的醉了帶著你們滿是淚痕熟悉的臉龐沉沉睡去……

酒醒的第一件事是你們無微不至的關懷感謝羅的衣服張的相扶,我雖不能在陪你們喝了可是我願意看你們喝酒的豪氣,你們喝酒都可以讓人激情,因為純粹而乾淨不為醉與不醉,每一個人相互關心相互扶持,結伴走在夜色籠罩的城市,

為每一個人的安全到家而大費周章,一路送蘭蘭MathConcept好唔好到家其實是因為不舍,只為找一個不得不分開的理由,捨不得這穿越十年青春的一天,無法想像幾個而立之年的人在一路嘮嘮叨叨絮絮不休,那是我們十八歲才做的事情。

  


Posted by ダム話します at 17:44Comments(0)

2016年02月23日

結婚願望

確実にいえることは、人間、ある時期にな銅鑼灣 Hair salonったら、どぉ~~~しても結婚したいと思う時期があるんです。

ぼくに関して言えば、それは32歳の時に訪れました。

何とはなしに、自分は30過ぎでないと結婚しないなぁ~~~って思っていました。

現代もそうなのか知りませんけど、30過ぎになって独身ってぇのは、誇れたものじゃなかった時代です。

ましてや、ぼくのような「イイ男」が独身であることは周囲が放っておきませんでした。^m^

本人はその気がないのに、両親や会社の上司から、お見合い話を沢山持ってきてくれました。

半ば義務感で、お見合いの回数だけは相当こなしました。

そんなぼくも、32歳になって、急に結婚願望が出てきたのです。

もともと、お見合いではなく恋愛でと何となく考えていたの旅遊市場ですが、そういうときは周囲を見回しても結婚してくれそうな女性はいないものなのです。

売り手市場だと思っていたのが、突然買い手市場になってしまったのです。

そんなこんなするうちに、1年間スリランカに出張することが決まったんです。

焦りましたヨ。

帰国した時にゃぁ33歳。

そこから結婚相手を探したら34歳。

首尾よく結婚相手が見つかって、結婚式に至る時にゃぁ35歳。

そりゃぁ~~~~焦りましたよ。

・・・・・・っで、今のカミサンに結婚を申し込んだのが、スリランカへ行く直前。

そして、スリランカから一時帰国して、結婚式を挙げました。  


Posted by ダム話します at 18:22Comments(0)

2016年02月02日

来月の事

今月はとにかく無茶苦茶忙しいが、来月は予定通りだとちょっと余裕があるはずだ。そこで、来月の連休に、キヨちゃんを福岡の伯母の所に連れて行こうと計画している。
 と言うのも、今年の春に会ったばかりであるが、伯母が体調を崩す直して介護度が上がり、独居生活に不安が出たので施設に入ったのだ。
 新しい施設は綺麗だし、医師もそばにいるし、住んでいた場所からも近いらしい。ただ、新しいためか入所者もまだ少なく、お友達も出来ないので、
 「寂しい。」
と電話がかかったのだ。
 キヨちゃんだって、この春行けたが、この先ぴんしゃんと旅行が出来るとも限らない。だから、行ける時に行ってこようと思っている。
 ただ、このシーズンの連休だし、早めに新幹線を押さえないと・・・と今日話していた。
 「母ちゃん、1泊でいい。」
と初めはその話になった。
 「いや、1泊だと朝早く行って遅くに戻るようでないと、向こうでの滞在時間が短いし、ゆっくり目に行って、2泊して帰りは遅くならないように帰るようにしたら母ちゃんもせこうないよ(きつくない)。」
そう言って2泊で行こうと提案した。
 すると次には、
 「母ちゃん飛行機で行きたい。飛行機だったら早いし、上げ膳据え膳じゃし、歩かんでいい。」
とおっしゃる。
 おいおい、飛行場は近くに無いのだよ。
 「あのなあ、私は飛行場まで運転するの嫌じゃ。その時間も入れたら全然早うない。リハビリもしよるんじゃけん、駅で歩けんのやったら、連れて行けんよ。」
 結局そう言って新幹線で行く事に決めた。大体、歩けんと言う人が、今日も洗浄ガンで壁掃除である。したい事は無理するなと言ってもするくせに、都合で歩けないとか言いだすのだ。
 まあ、キヨちゃんの状態なので、実際長旅は不安ではある。かと言って車椅子と荷物とキヨちゃんでは私も身動き出来ないし・・・。何か考えなきゃ。  


Posted by ダム話します at 12:55Comments(0)

2016年01月27日

変かな?

・・・・・・っということで、また起きてしまいましたreenex

実をいうと、一昨日頭が変になったのです。

どう変になったかというと、自分が自分でなくなってしまうのです。

うぅ~~ん、ピンとこないでしょうね。

いつもの記憶がなくなってしまうんです。

滅多に起きないんですけれど、時々起きるんです。

前回起きたのは、5年位前かな。

そのときは、フィットネスクラブのロッカーの暗証番号が思い出せなかったんです。

いつも使っている番号なのに。

それに、直前まで考えていたことが全く思い出せないのです。

短期間の記憶喪失とはちょっと違っていて、今までの自分じゃなく、別人になるって感じかなreenex

自分なのに、別の自分がいて、客観的に自分を見ている感じ。

・・・・・・

上手く説明できないけど。

脳の回路の一つが詰まってしまって、脳の一部が全然機能しなくなっちゃって、残った脳で一生懸命補佐しようとしているのかな?

ボケが急に来たのかと心配するのだけれど、一晩寝ると治っちゃうんですヨ。

一番最初にこの症状が出たのが、中学生の時にキャンプファイアの火を見ていて。

急に今の現実を、自分を含めて外部から見ているような気分になったのです。

正直、恐かったですね。

一昨日も、怖かったです。

このまま、別の世界に行ってしまうんじゃないかってね。

そういう感じがしたことありますreenex

・・・・・・

いつも変なブログを書いていますが、特に変だなぁ~と感じたときは、遠慮なくコメントください。  


Posted by ダム話します at 11:36Comments(0)

2015年12月02日

終の棲家

わたしは、今、住んでいる家を康泰旅行社建てた時、アタマに描いていたイメージは・・・

多くのモデルハウスや、建築雑誌、インテリア冊子などを何年も延々と眺めていた。
いよいよ建て替えたいと思うようになった時は、
折込チラシなどに載っている、建築設計図の平面図だけ、ただただ、むさぼるように見ていた。
平面図を見て、立体図をアタマで建てて想像していた。
どんどんアタマの中で、イメージは膨らんでいた。

家は、3軒建ててみないと、理想や好みを追求したものは建てられないという。
それは、おカネとヒマがたっぷりある人に、やっていただくとして。

まあ、理想をわたしなりに追求した。
とても幸せなことである。満ち足りた日々である。


ある日、北欧(スエーデンだったか?)の高齢者の生活レポートをテレビで見た。
80代後半ぐらいだったか、その人をメインに紹介されていたが、各お年寄りの家々に、ヘルパーさんが巡回してくれる。
お年寄りは、住み慣れた愛着のある自宅で、ヘルパーさんの助けを借りて生活していた。
その家の様子、インテリア、空間が、今のわたしの家に良く似ていた。
わたしは、その映像を見て、自分も最後は、こういう暮らしだったら理想だろうなあと感じた。

お年寄り同士が、週に一度ぐらい、家に集まり、わいわい和やかに楽しんでいた。

しかし、現実には無理だろうと思っている。
まず、認知症を発症していた場合、一人住まいは、危険だ。
巡回のヘルパーさんでは、まかないきれない。
子供や孫が時々、顔を出してくれても、毎日の暮らしをサポートするにはとてもカバーできない。
身体がいくら丈夫で、趣味のことも十分に楽しめて、文章もスラスラ、ブログにも毎日アップできても、
認知症は部分的に症状が現れるので、外部の人が、外からうっすら表面を見ている分には、問題が発覚しにくい。

一人で住んでいると、たとえ時々ヘルパーさんが巡回してくれても、
部屋も汚くなるだろうし、身もかまわなくなるだろう。
刺激もないので、だんだん、理想的な暮らしから遠のいていきそうだ。

自分がアタマに描いた理想の暮らし、理想の老後が送れていない、とその時点で自分で判断できるのだろうか。

かといって、心身健康なときに、理想の暮らしを切り捨てて、老人ホームに入る勇気があるかどうか。
英断が下せるのだろうか。

有終の美を飾りたい。ピークのときに引退したい。
そう理想は唱えるが、実際になると、自主的に自由意志でそんなことは出来ないと思う。
よほどの強い意志でもない限り。
あるいは、よほどの外圧、外からの強制力でもない限り。

いくら美学を貫きたいと思っても、認知症にかかってしまえば、貫けない。
ただ、問題は、白黒はっきりした、だれが見ても深刻な認知症ならわかりやすいが、
アタマがばっちり冴えている時と、そうでない時にわかれる、ジキルとハイドの認知症、
いわゆる「まだら」になった場合。

自分で無意識、無自覚に行っている行為があり、その行為をモノの移動や、事象の検証で確認できた場合、
あるいは、他人に「あなた、これこれ、こんなことしてましたよ」と知らされた場合、
我に戻ったハイドは、認知症のジキルの行動を知って、愕然となる。
まさに認知症のまだら状態は、人間の二面性といってよいのではないだろうか。
自分の知らない自分を知ったら愕然MathConcept數學とすることだろう。

徘徊老人は、まさにそれ。
真っ裸になって道の溝にしゃがんで、すっぽり入っている老人、
「お~い、追い炊きしてくれ~」と、本人はお風呂に入っているつもり。

夕方になると徘徊するおばあさんは、本人は夕食の支度にかかっているのだ。
部屋中をかき乱している老人も、仕事をしているつもり。

わたしなら、おそらく、テーブルに平たいものを持ち出し、指をかちゃかちゃ動かして、ブログをアップしているつもりの老人になりそうだ。
大人しい、手の掛からない老人ならよいのだが。

現実とアタマの中を行ったり来たり。
その区別がだんだん出来なくなる。
あれ? 今でもその傾向のあるわたしは、歳をとっても、認知症状が発覚しにくいことだろう。

ゴミ屋敷と化した、お気に入りの自分の家で、
「今日は、娘一家が来るので、掃除しないといけない・・・」なんて、かちゃかちゃ、平たいものの上に、指だけ動かしているのだろうか。
でも、きっと、こころは、楽しい平和な時間なのだろう。

大のお気に入りの空間、お気に入りの時間、それを切り離して奪ってしまうのは、
自分自身の心身の老化のせいなのか、
はたまた、お気に入り状態から離れたくない自分から、無理やり引き剥がす、身近な家族なのか。

人は生まれるからには、弱って死んでいく運命にあり、それは誰にも避けられない。
  


Posted by ダム話します at 11:56Comments(0)

2015年11月06日

覚悟して読めい

『ヴァイオレンス殲滅課』の本部と思われる場所までは何やら怪しい施設のような雰囲気が漂う……一応駄目人間の視点でナレーションしてるんだぜ。目隠しされた人間の気持ちに成ってみろ、ワゴン車から降りて眠気が今にも襲いそうなこんな時に全体を描写出来る奴なんてこの世で少ないぜ。

 お、目隠しが外されたか……アメリカン美女の優しくて暖かそうな手つきで。

「ここって何処?」凶星が見た物は何と警視庁だった! 「さっきまで音無町に居てたのにもう東京二十三区?」

「ノー、違います」ルー語ではない、大日本帝国の時代でもルー大柴という芸人は居るが違う。「ここは『裏警視庁』」

「裏? あんたらの一課と同じく噂でしか聞いた事ない本部だね」

「そりゃあそうさ」金髪に染めてやや青のメッシュを掛けた乗り気さんはこう説明する。「何たってヴァイオレンス殲滅課を始めとした特殊課は大日本帝国諜報部が米軍や帝国陸海空軍による神隠しを阻止する為に作った所さ」

「整理が付かない」

「お前みたいな駄目人間でなくても初めての奴は必ずそう言う」

「眼鏡の癖して嫌味な事言うよな」

「まあお前みたいなのが世の中に蔓延しない為に裏警視庁が建てられた……何しろヴァイオレンスは大日本帝国勝利の影でもある」

 理解出来ない表情をする凶星。当然の話ではある。読者の皆様も理解不能な人間が大勢居るのは承知で説明しよう……何度でも。この物語では日本がアメリカに勝った歴史を進む。但し、日本がアメリカに勝とうが自虐史観に陥る事も北朝鮮による拉致事件もマスコミニケーションによる反日報道も従来の歴史通り行われる。勿論小泉純一郎……この物語では大泉純次郎--この物語では衆議院議員を務める大泉進三郎の父--の北朝鮮への電撃訪朝によって拉致被害者五人を救出した事だって従来の歴史通りさ。  


Posted by ダム話します at 15:41Comments(0)

2015年10月30日

観戦していると

日本選手に期待する気持ちが
つい強くなってしまう。

自身では、そのつもりはなくとも、
変に気持ちの投入をしてしまうようだ。

昔であれば、「大和魂(やまとだましい)」という言葉を
聞くことになったろうがreenex 好唔好、さすがに、今ドキは、聞くことが少なくなった。

この大和魂という言葉は、強烈な精神主義の意味で使われることが多いが、
日本での文書上の初出は、『源氏物語』の「少女」帖とされる。

そこでは、そのような強い精神主義ではなく、
「和魂漢才」という意味で使われている。
すなわち、当時、中国から伝わった才や知識はすぐれたものだが、
それをそのまま受け入れるのではなくreenex 膠原自生、状況に合わせての判断力や能力こそが重要と説いている。
情緒を理解する心とあわせて、日本の心として捉えているようだ。
それこそが、大和魂と言うことらしい。

まさに日本の強みは、そこだと紫式部は語っている。

「少女」の段では、光源氏は、息子である夕霧が元服を迎えるところが描かれている。
通常の親ならばreenex 膠原自生、ひたすら子供の出世を願い、親バカに走るところだが、
光源氏が、自らの子に真の実力をつけさせようと
いわば谷底の子を落とす親獅子のようなシーンが展開される。
小獅子を見守り育てる教育をするという話。  


Posted by ダム話します at 19:56Comments(0)